ごちうさのブログ

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【まんがタイムきららMAX2016年8月号・ごちうさ感想】リゼちゃんのこれまでとこれから

 

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こんばんは、シェルです。

何かと多忙な時期ですが皆様はいかがお過ごしでしょうか。

私はクソほど暑かったので一日中冷房の効いた部屋でダラダラしてました。

 

さて、今月のごちうさです。

内容はリゼちゃんが小学校の先生になろうと決心したところ、リゼパパに笑われたので喧嘩して家出してくる……という話ですね。

 

以前からストーリーの組み立て方の美しさには定評のあるごちうさですが、今回はその真骨頂と言ってもいいと思います。

少し雑な表現をしてしまうと、伏線回収の美しさとも言えます。

リゼが先生になると決心したその心情は、今までごちうさを読んでいれば大いに納得できるでしょう。

 

なお、「伏線」の話をすると、どこからが「伏線」なのか、つまり「それは最初からその作家の考慮にあったのか」という議論は度々起こりますが、私はどうでもいい話だと思ってます。

作家が物語中で或る事象を描いたのち、それに関連する他の事象をどこかで描き、物語に説得力を持たせる構造、これが伏線です。

人は同時に2つ以上のことを考えられないため、当然ながら、2つの事象はどちらかが先に作家の中で生み出されており、それに追随する形でもう1つの事象が生み出されるわけです。この2つの事象の関係性は、ある場合は偶発的に、またある場合は帰納的に発生するものでしょう。どちらにせよ、2つの事象は作家の中で同時に発想されているものではありません。

これは長期的なスパンでの伏線回収にしろ、1話完結の短期的な伏線回収にしろ同様に言えることです。したがって「最初から作家の考慮にあった」というのは有り得ない話であり、完全な伏線とは存在しない。だからそのような議論は無意味だと私は考えるわけです。

よく作家が「キャラが勝手に動き出す」と言いますが、それは上記のようなプロセスを考えれば至極当然なことだと思います。

 

 

話を戻しますか。

このような感想記事を書くのは私も慣れていなく、どのように展開していくか手探り状態なので色々読みづらいと思いますがお付き合いいただければ幸いです。

 

 

●リゼちゃんは何故家出をしたのか

 

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今回のお話はリゼちゃんが父親と喧嘩して家出してくるところから始まります。

サラッと書かれていますが、これはとても大変な出来事です。

リゼちゃんと言えば、父の日に手紙付きでワイングラスを贈ったりするほどのパパ大好きっ子ですよ。

 

 

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この反応ひとつとっても「小学生の先生」という決意は、そんなパパっ子のリゼちゃんが猛反発するくらい重要なことだったことが示されてますが、それ以上に重要なのは、それが「譲れない想い」であったという事実でしょう。

リゼちゃんと言えば、何かにつけて「私には似合わないかな」とか「おかしくないかな」と周りの目を気にする子なのは皆さんもご存知の通り。

そんなリゼちゃんが尊敬する父親に反発して家出をするくらいの確固たる自信と決意を持ってこの進路を選んだこと。これは以前までのリゼちゃんには出来ないことだったように思います。

 

ごちうさは連続した日常を描いてるので、リゼちゃんがこのように自信を持って動くようになった要因はどの時点にあるのかと断定することは不可能ですが、その一端を垣間見ることはできます。

例えば2巻の「ロゼ・ザ・エトワール」と「青山スランプマウンテン」ではこんなやり取りがあります。

 

 

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この2つの話はアニメでも1羽にまとめられており、明確な対応関係にあります。

「ロゼ・ザ・エトワール」では演劇部の助っ人をすることに悩んでいたリゼちゃんが、「青山スランプマウンテン」では、やりたいことは諦めないという行動原理をものにしていることが伺えます。

これは単に青山さんの助言をそのまま受け入れた結果を表してるではなく、演劇部の助っ人をする→そのために千夜やシャロに助言をお願いする→そうして最後までやり遂げるという一連の社会行動の結果として、諦めないという行動を自信をもって行えるようになったということを示しています。心理学的に言えば達成感→自己効力感というプロセスを経ていますね。

リゼちゃんが先生の決意に至る心情を考える上では欠かせないエピソードと言えるでしょう。

 

 

今のはリゼちゃんが諦めないという行動をとるようになった一要因ですが、「やりたいことを諦める必要はない」という行動原理は、どちらかといえば一般原理から来る自信と言えます。

それよりもより主観的な、つまり「私の行動は正しいのか」といった、一般原理の存在し得ない悩みを如何に克服したかというのもやはり今までのごちうさに示されています。

 

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キャンプ編の最終話である4巻「星天の青たらこ」はその代表的な話と言えるでしょう。この回は前話のココチノから一転してごちうさキャラオールスターな話なのですが、僕は実質リゼ回であると以前から主張してる話でもあります。

何故なら、このキャンプ編自体がリゼちゃんの計らいであり、1話目から何気ない顔しながらみんなをリードしていたリゼちゃんが、最後の最後でそれまでの不安をぶちまけるという構図になっており、言い換えれば答え合わせ回であるためです(勿論、他のキャラクターへの焦点を否定するわけではありません)。

アニメでは出発前にみんなを喜ばせたいとはっきり言及しており、リゼちゃんの行動がより説得的な構図となっています。

自分の行動が正しいのかどうか自信が持てないながらも、みんなのためにと思い行動に移し、最後にはみんなから喜んでもらえたという経験は、おそらくリゼちゃんの今後の行動、つまり今回の決心と家出に大きく寄与したのではないでしょうか。

心理学的には受容感→自己肯定感という感じでしょうか。

 

 

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これはしばしば軽視されがちですがシャロとの関係はリゼちゃんにとっては大きな役割を持っています。

「リゼシャロ」は学校で大人気のリゼ先輩と、そんな彼女に憧れるシャロという「お決まり」なカップリングなのですが、一方でシャロがリゼちゃんを引っ張って行ったり、支えたりという構図が非常に多いです。本来ロミジュリ的カップリングで、このような相互補完的な関係性は他に類を見ないのではないでしょうか。

先ほど挙げた2つの「イベント」とは違い、リゼシャロは「日常」なので、シャロがリゼちゃんに及ぼした影響は枚挙に暇がありません。一つ言えることは、こうした「支え」があるからこそ、リゼちゃんは一歩踏み出した行動ができたのではないでしょうか。キャンプ回のようなイベントがパフォーマンス機能だとしたら、リゼシャロの日常はメンテナンス機能と言ってもいいのかもしれません。

 

 

リゼちゃんが「家出をした」という事実はリゼちゃんの確固たる自信と決意を表しており、それらは初期のリゼちゃんからは考えられない言動と言ってもいいです。

リゼちゃんは元から出来のいい子ですが、以上のように、ココアやシャロを始めとした仲間との交流を通して更に自己を確立していったのでしょう。その表れが今回の冒頭だと私は思います。

 

 

 

●先生という選択

 

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読者「なっとく〜」

 

読者のほとんどがメグちゃんに共感していることでしょう。

最初にも話したように、リゼちゃんが先生という選択をしたことについては多くの人が「なるほど!」という感想を持ったんじゃないかと思います。私はそうでした。それくらいに違和感の全くない進路だと思います。

 

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リゼちゃんがきっかけと言っている部分はおそらく、3巻「妹喫茶 今ならオプションで宿題を手伝ってもらいます」のこのシーンでしょう。

しかし、これ以降にもチマメとの関わりはたくさんあるのでその中で先生という意識は育っていったんじゃないかと思います。

 

 

 

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3巻「スニーキング ストーキング ストーカー ストーリー」では、マヤから「リゼと遊べて楽しい」と打ち明けられて、初めて遊んでいたということに気付くシーンがあります。

これは、リゼちゃんにとっては何気ない日常でも、年下のマヤにとってはとてもアグレッシブな出来事で、無自覚のうちに彼女に自分の世界を「教える」ということをしていたということに気付かされた場面、と換言できます。

 

 

リゼちゃんが先生という選択を採った事実は納得しかないと思いますが、そもそものリゼちゃんというキャラクターと先生の親和性についても言及しなくてはなりません。

リゼちゃんと言えば「恥ずかしがり屋」「厳しい」というイメージが強いですが、それと同じくらい彼女は優しさを持っています。

そんなこと言うまでもないだろうと思うかもしれませんが、ここでいう優しさとは「お姉さん力」とでも言うべき、年下に対する愛情のことを指します。

 

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チマメ隊相手に全力で遊ぶリゼちゃん。

これは当然ながらリゼちゃんが子どもなのではありません。リゼちゃんは年下のチマメ隊に「合わせる」という行動を自然にとっているのです。

この回(3巻「妹喫茶 今ならオプションで宿題を手伝ってもらいます」)はリゼちゃんがチマメ隊と実質初めて遊ぶ回であり、初めて読む人にとっては彼女の「新しい一面」であったはずです。

それまでの厳しいイメージとは一転、そのギャップに心打たれた人も多いのではないでしょうか。私もその一人です。

リゼちゃんがこの一面を見せるのは全体を通しても結構レアで、今回の話はこうした彼女の一面を昇華させたお話といってもいいでしょう。

 

 

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リゼちゃんといえばその育ちの良さからくる名言も多いですよね。

こうした部分も先生の素質なんじゃないかと思います。

 

 

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小さい子の面倒見もいいリゼちゃん。

圧倒的お姉さん力を感じる。

リゼお姉ちゃん……

 

 

 

 

●リゼちゃんと返報性

 

 

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今月はリゼちゃんが「感謝される」シーンが印象的でした。

心理学に返報性という概念があります。これは簡単に言えば「何かしてもらったら、お返しをしたくなる」という行動原理のことです。

リゼちゃんと言えばおそらく作中で最も「他人のために動いている」子だと思います。部活の助っ人とかもそうですね。

 

 

 

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息を吐くように利他行動をする恐ろしい子です。しかし、そんなリゼちゃんだからこそ、自分が悩んでる時には励ましてくれる仲間がいて、結果的に自分の意見に自信を持てるような成長を遂げられたのではないでしょうか。

このことを諺では「情けは人のためならず」と言いますね。

返報性とは単に「感謝の貸し借り」ではなく、お互いがお互いを高めあうことにより相乗効果が生まれるようです。ごちうさという作品自体がその事実を描いていますが、特にリゼちゃんはそれが顕著ですね。

当たり前のようでいて忘れがちな大切なことを、リゼ先生は教えてくれています。

 

 

 

●最後に

 

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長々と書いてきましたが、今回のリゼちゃんに関する心情や行動の移り変わりは、全てこの1コマに集約されてると思います。

逆に言えば、Koi先生は全て分かった上で今回の話を描いていたということになります。

 

ごちうさという漫画は、たった8ページという限られた中にふんだんに情報を取り込んだ密度の高い作品ですが、ただたくさん情報が詰められているのではなく、それらは全てに意味や繋がりがあり、1話単体で見ても長い目で見ても非常に綺麗にまとまっていることが特徴的です。

今回もその例に漏れず、というより、ごちうさ史上トップを争うほどの伏線回収の美しさを持っていました。

そして、それを分かった上で描き出しているKoi先生には感服せざるを得ません。

 

ほわほわとした日常系をあまり得意としない私がこれほどまでにごちうさにのめり込んだ原因の一つにこのストーリー組み立ての美しさがありました。

ごちうさは、ほわほわしてるように見えてその実きっちりかっちりストーリーが組み立てられているのです。

そのストーリーを追っていくのは冒険的な楽しみがあり、ドキドキワクワクと表現していいでしょう。

そんな私のドキドキワクワクを少しでも皆さんに共有してもらえたらと思い、今回の記事を書きました。来月も書けたらいいですね。

 

実はまだ書けてない部分も結構あるのですが、不慣れなものでかなり時間がかかってしまうため、今回は一旦ここで筆を置きたいと思います。

明日からはまた始発から終電まで大学という生活になるので、続きを書く時間はあるかわかりませんが、時間とモチベーションがあれば、追記という形で書きたいと考えています。

 

 

そういえば……

 

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この話もしっかり回収されてましたね。流石です。

しかし気になるのは「色んな家庭料理が食べたい」というセリフですね。

まだリゼちゃんの母親が登場していないことと関係があるのでしょうか、それともただの邪推でしょうか?