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ごちうさのブログ

ごちうさのブログです

【まんがタイムきららMAX2016年4月号・ごちうさ感想】ココアとシャロ、関係性の文脈における人物像の類似的かつ対照的差異と対等性、およびココアちゃんのおっぱいについて

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こんにちは、シェルです。

不定期更新の感想も4回目ですね。

年度末で変化の時期ですが皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

私は研究がひと段落したのでゆっくりと趣味に時間を回せそうです。

 

さて、今月はココアがフルールでバイトをするという話でした。

個人的には存在だけ示されているフルールの店長とか、シャロの両親とか将来関連の話を少し期待していたのですが、ココシャロ一本に絞ってきた感じでしたね。

しかしその分、これまでに無いほどレベルでココシャロを描けていたと思います。

 

シャロというと5人の中でも立ち位置がかなり特殊なキャラで、同学年にも職場にも(作中で描写されている限り)友達と呼べる存在がいません。

リゼとも学年が離れているため、顔見知りはいるにしても、高校はシャロの居場所足り得ないではないかと推測できます。そうした問題は作中でも何度か取り扱われてきました。

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(1巻第10話「明治維新って何?相対性理論なら説明できるよ」より)

 

 

 

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2巻第2話「Pattun Horizon」では、高校が離れ離れになった千夜とシャロの不安をテーマにしたエピソードになっており、夢でシャロはココア・千夜と同じ高校に通っています。

夢は深層心理からの願望が現れるとされている通り、少なからずシャロにその想いがあったことを語っています。

(ちなみにこの回の扉絵は同じ制服を着たココア・千夜・シャロでした。)

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今回のエピソードはそんな叶わない願望を別の形で実現させた、いわばアンサーの1つでしょう。

幼馴染みという特殊なポジションにいる千夜を除くと、シャロと同学年の「気が置けない友達」としての存在はココアしかいません。

学校も職場も違っていたココアと同じフルールで働くことができるというのは、シャロにとって特別な経験なんだと思います。

 

 

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千夜もそうした関係性には気づいているのでしょう。

私の邪推でなければこの2つの台詞は対応しているはずです(1枚目:2巻同回より)。

 

 

ところで、シャロは主人公のココアと最も接点が遠いということもあり、ココアの影響外で動くことが多く、千夜やリゼとは殊更親密な関係性を築いてきました。

そんなわけで、独自の人間関係を持ちココアとの関わりが薄い彼女でしたが、満を持してのココシャロ回というわけですね。

おそらく長時間ココアとシャロの他にメンバーがいないという状況は初めてなのではないかと思います。

 

私はココアと組み合わせて最も相性のいいキャラと言えば真っ先にシャロが思い浮かびます。その理由は色々あるので、少しその辺を書いていこうと思います。

この流れでカプ談義かよ!と思うかもしれませんが、ココシャロを考える中で、今月感じたことについても色々触れていけると思うのでこの形式をとろうと思いました。

 

 

1.見た目

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(「Wonderful party!」より)

 

見た目は重要です。「好きな人に求めるのは内面!」と言ってる人でも最初は見た目を見ています。

実はココアとシャロを並べた時に非常に様になるということはお気づきでしょうか。

ココアの身長は154cm、シャロは151cmと非常に近しく、並んで立つと背丈が揃って双子のようです。また、ココア・シャロともに同じくらいの髪の長さで、共に毛先カールなためボリューム感もかなり似ています。

色に注目すると、ココアの髪色はオレンジ色、シャロは黄色で共に黄色系のカラー。瞳はココアが青紫でシャロが碧色と、共に青系。イメージカラーはココアがピンクでシャロが黄色と、全体的に見ても刺し色の瞳以外は全て暖色で構成されており、色彩的に統一感が高いです。

このように2人を並べた時に造詣の方向性に高い一致が見られるのがよくわかりますね。その上でキャラの描き分けがしっかりとなされているのですごいです。

 

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(きららMAX2015年2月号表紙より)

 

 

2.ポジション

先ほども述べた通り、ココアとシャロは接点が少ないため、互いが独立して動き、独自の人間関係を形成してきました。「主人公とライバル」「表主人公と裏主人公」みたいな関係にあります。

そのため、お互いに対等な存在としてあるわけです。幼馴染みの千夜シャロが共依存的であるのとは対照的に、ココシャロはさっぱりした関係性と捉えることができます。

先々月の感想で、ココチノが対等になりつつあるという話をしたと思いますが、ココチノが関係の質的な変遷を経ている一方で、ココシャロは最初から対等なまま量的(親密度)な変化を重ねている点が面白いです。

 

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とはいえ、どちらかと言えばココアがリードしているところはありますけどね。

その辺は主人公の特権ですね。

 

 

3.ボケとツッコミ

ココアとシャロの会話は8割方ボケとツッコミで成り立っています。ここまできっちり役割分担がされている組み合わせも珍しく、最も漫才の白熱する2人と言っても過言ではないでしょう。

これは性格の対照性から来るものですね。類似的であり対等な2人であるからこそ、対照的な側面が強調されてより一層印象的になります。

ただし、一方的にココアがボケてシャロがつっこむだけでなく、たまに入れ替わることが特徴ですね。対照的とは、どちらかが真でどちらかが偽ということでありません。どちらの価値観も真として存在しているからこそ起こる反応なんですね。

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さて、そうしたことを踏まえて今一度今月の扉絵を見てみると、新たな発見がありそうです。

1枚のイラストから何を感じ取るかは人それぞれですが、私は初めてこの扉絵を見た時こう思いました。

ココシャロの全てが詰まっていると。

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あとココアちゃんのおっぱいも詰まってますね。

 

 

ココアちゃんのおっぱいについて

 

ここからはおっぱいの話です。

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何を隠そう私はココアちゃんのおっぱいが好きです。

みがるのGIFを作るくらいには好きです。

何故か?理由の1つとしては、ココアちゃんのおっぱいは聖域と化している節があるからです。

 

ごちうさはあまり俗的なネタを入れない作品ですが、胸ネタはちょくちょくあり、小さい者はその小ささについて、大きい者はその大きさについて言及されてきました。

しかし作中で唯一、その大きさを正確に表現することの難しいココアちゃんのおっぱいだけは作中で言及されたことはありませんでした。

大きさもイラストによってかなり振れ幅があり、正直Koi先生も持て余してるんじゃないかと思います。だって私みたいに大きい方がいいって言う人もいれば小さい方がいいって言う人もいますからね。

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(でもやっぱり大きいと思う)

 

ココアちゃんのおっぱいネタは、ココアというキャラクターの清楚なイメージと、あらゆるニーズに対応可能な可変式おっぱい性を保つために、これまで触れられないようにしてきたのです。

その禁忌を破ったのが今月。Koi先生の中で何かの決意があったことが伺えます。

 

 

 

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ココアちゃんのおっぱいはさみしくない。

それがはっきり言及されたのです。

シャロ基準なのでその言葉にどれほどの価値があるのかはわかりません。

しかしこれは大きな一歩です。

リゼ、千夜、青山、モカ ――私はこれを四天王と呼んでいます―― フルール衣装と接点を持ったキャラクターは全てその破壊力についてシャロの口から触れられています。そう、(まだ)持たざる者・メグを除いて。それは逆説的に、ココアちゃんのおっぱいも四天王に肩を並べる攻撃性を持っていると、そのように解釈することが可能です。

 

原作からの燃料投下により新たなステージに突入したココアちゃんのおっぱい。今後どのように扱われるのか目が離せません。ここまで私は「ココアちゃんのおっぱい」と何回言ったでしょうか?

 

 

◎ココアちゃんはおっぱいをどのように認識しているか?

ココアちゃんのおっぱいを語る上で重要な問題ですね。

ココアは自分の胸に無自覚のように思われますが、一概にそうとも言えません。

以下のような発言が見られるからです。

 

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(5巻第1話「あついのはきずなだけでじゅうぶんだよ」より)

このシーンからわかることは、少なくともココアの中にはナイスバディになりたいという願望があり、つまるところそれは自分の身体について少なからず気を配っていることを意味します。

胸を張るようなポーズと「ボンキュボーン」という擬音からもわかる通り、ココアの中で巨乳というのは揺るがないステイタスのようです。

 

 

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(2巻第3話「一瞬パンに歯磨き粉を混ぜたらと考えたがパンへの冒涜と気づき止めた自称姉」より)

過去には千夜のスタイルを羨むような場面もありました。

同年代の女性と自分を比較している重要なシーンですね。

ちなみに前のコマではリゼのプロポーションについても尊敬の念を表しています。

 

 

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(きららMAX2014年4月号(単行本未収録);2巻第5話「和菓子道 高き山頂は未だ見えず」より)

他にも人の胸に対して言及しているシーンは見られます。

ていうかシャロが胸で悩んでるの知ってるはずなんですけど……

 

 

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それらを踏まえて今月のこのシーンを解釈するとですね。

ココアの中にはスタイルに対して理想(おそらくそれは姉を超えることでもある)はあるが、しかし今の自分はそこまで届いていないという自覚と向上心も持っている。その心的状態によりシャロの言葉の意味を正しく理解できなかったのではないでしょうか。

決して無自覚なのではなく、ただ下を見ていない。それだけではないかと思います。

そうでなければ胸も張りませんよ。

 

総括すると、私は大きい方が好きです。